MASA YONEDA essay, column & photograph
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  [5] 田口選手、おめでとう!! 2006/10/31 12:07:19

セントルイス・カージナルスが2006年のワールド・シリーズを制覇しました。

いや〜、本当に良かったです。
ナショナル・リーグのチャンピオンシップでは、メッツと対戦。その時は、シェイ・スタジアムの近くに住んでいるため地元の球団という意識と、レイエス、ライトといった馴染みのある選手がいるため、メッツを応援してましたが、やはり田口選手だけは別です。初戦の九回。代打でメッツの守護神、ビリー・ワグナー(実は、この選手もフィリーズ時代から大好き)から打った決勝ホームランには大感激しました。

以前のコラムにも書きましたが、いつも溌剌と、野球少年のような笑顔でプレーをする田口選手の姿は、見ていて本当に気持ちが良いものでした。

メジャー5年目。本当に「いい野球」をする選手だと思います。他の日本人メジャーリーガーに比べ、あまり取材・撮影に行く機会は少ないですが、優勝パレードで見せた彼の笑顔に、心からおめでとうと言いたい気分です。

本当に、本当に、おめでとう。
いつまでも、野球少年の笑顔でプレーをしてくれることを願っています。



  [4] 元阪神・藪のメジャー移籍 2005/02/02 15:11:40

元阪神の藪投手の、アスレチックス移籍が報道された。
元々、自分は阪神ファン。特に藪投手には思い入れがある。
一昨年の秋に出版された、別冊宝島『僕たちの好きな阪神タイガース』というムックの中で、「阪神をより強くしたいのなら藪をリリーフ・エースに」というタイトルで、藪抑え待望論を書いたことがあるほどである。
その理由は。
今でこそ、井川、福原を筆頭に、杉山、久保田、安藤、江草と若いいいピッチャーが育ってきているが、03年に優勝するまでの数年間、どん底の阪神タイガースの投手陣を、エースとして引っ張ってきたのは、紛れもなく藪である。85年の優勝以来、長く低迷する阪神タイガースにおいては、いくら良い投手でも、勝ち星、防御率に恵まれないのは当然である。そんな中でも、毎年15勝を期待されながら投げ続けたのだから、大したものだと思う。
もし、その低迷期に、85年や03年のようなバックがついていれば、20勝も可能であっただろう。藪は、そんなことを感じさせるピッチングを常に見せてくれていた。
そこに、急速にチームが変革し、先発投手陣の駒も揃ってきた。しかも、藪には、巨人・清原との因縁の対決で見せた気迫がある。だからこそ、リリーフ・エースにと自信を持って論じたのである。
その藪が、いよいよメジャーに挑戦する。ニューヨークに住む自分としては、メッツに移籍という話もあっただけに、西海岸のチームへの移籍は少々残念ではあるが、自慢の先発陣の柱を放出してまでチーム改革を進めるアスレチックスは、ある意味、藪にとっていいチームだとも言える。
今季、メジャーでどんな仕事を与えられ、どんな活躍を見せてくれるのか? ひとりのファンとして、非常に楽しみにしている。



  [3] カズに温かかったシェイ・スタジアムのファン 2005/01/08 14:22:12

昨シーズンの中盤にさしかかった頃。メッツ松井稼頭央は、打席に立てば三振が多く、守ってもエラーばかり目立ち、なかなか調子を上げられずにいた。
もうすでに、開幕戦での初球ホームランの衝撃も薄れ、本当にメジャーで通用する選手なのか? と、ニューヨークのマスコミは次々に容赦なく疑問を投じていた。
そんな中、シェイスタジアムのカメラ席後方に、子供がカズオTシャツを着た、3人連れの親子がいたので、カズについての感想を聞いてみたことがある。
その父親は、「カズは素晴らしい選手だよ」という。でも、三振やエラーが多いけど? と、こちらが聞き返すと、それでも「カズはまだメジャーの野球に慣れてないだけさ。来年は必ずやってくれるよ」と返す。それ以上は仕事中なので聞かなかったが(英語能力の限界もあるのだが)、きっと日本のスタープレイヤーがニューヨークに来てくれたことを、素直に喜んでいるのだろう。あるいは、カズが持つ強運やスター性に気づいていたのかもしれない。
何にしろ、かなり叩かれていた時期だったので、そんなファンの言葉が、日本人マスコミの立場としては嬉しかった。そうやって温かい気持ちで応援してくれているファンがいるので、今シーズンこそは、期待を裏切らない活躍を見せて欲しいと思う。



  [2] 誰よりも早くメジャーのマウンドに立った松坂世代 2004/12/30 18:54:21

2004年7月2日、クリーブランド・インディアンズの多田野数人が、メジャー初の先発マウンドに立ち、シンシナティ・レッズを7回2失点に封じ込め、見事初勝利を収めた。
1980年4月25日生まれの多田野は、稀に見る豊富な逸材を生み出した、松坂世代の投手である。八千代桐蔭高校では甲子園出場を果たし、立教大学に進学。甲子園で松坂大輔(西武ライオンズ)率いる横浜高校と死闘を演じ、同じく立教に進学した元PL学園のエース上重聡を押しのけ2年からエースの座についた多田野は、早大・和田毅(ソフトバンク・ホークス)、慶大・長田秀一郎(西武ライオンズ)、法大・土居龍太郎(横浜ベイスターズ)、明大・一場靖弘(楽天イーグルス)といった好投手たちとしのぎを削り、何度も息詰まる投手戦を演じてきた。
そして迎えた2002年秋。多田野はドラフト自由枠で横浜ベイスターズ入りが内定していたが、その直前に過去の事件が週刊誌に暴かれ、日本のプロ球団は多田野獲得を断念。日本でプロの道を閉ざされ、アメリカにプロの道を求めた。その後、クリーブランド・インディアンズとマイナー契約した多田野は、2年目で早くもメジャーに昇格し、先発のマウンドに立つチャンスを掴み取った。
久しぶりに見た多田野のピッチングは、以前よりも体の重心が安定し、スライダーのキレが増していたように思う。結局、2004年は先発、中継ぎ、リリーフと合わせて14試合メジャーのマウンドに立った。腰の状態が良くないというのが気になるが、体調さえ万全であれば、2005年のシーズンは先発ローテーションに入る可能性も持っている。
松坂世代の選手たちは、松坂大輔を筆頭に、和田毅、新垣渚(ソフトバンク・ホークス)など、メジャー志向の選手が多い。そんな中、事情はどうであれ、誰よりも早く松坂世代の選手として多田野がメジャーのマウンドを踏んだという意味は大きいと感じる。多田野の活躍は、他の松坂世代の投手も、現時点でメジャーで十分通用することを示すものであり、少なくともそのことが、他の選手たちのメジャーに対する思いをさらに刺激しているだろう。特に和田などは、六大学でライバルとして投げ合い、大学選抜の柱として、ともにチームを支えた関係。今、多田野の活躍について、彼らの本音を聞いてみたいと感じる。



  [1] 2004年シーズンを振り返って 2004/12/29 23:59:17

2004年、ニューヨーク・メッツの松井稼頭央を中心に、多くの日本人選手を見てきたが、その中でも特に印象に残っている選手がいる。
セントルイス・カージナルスの田口壮だ。
この年、入団3年目で初めて開幕をメジャーで迎えた田口。もちろんレギュラーというわけではなく、あくまで控え選手として。ワールド・シリーズまで駒を進めただけあって、カージナルス外野陣は層が厚い。ジム・エドモンズ、レジー・サンダース、ジョン・メーブリーに加え、シーズン途中にはコロラド・ロッキーズからラリー・ウォーカーを獲得。
そんなチームの中での田口の役割は代打、代走、守備固めが中心。先発で出場するのは、レギュラーを休ませる試合、あるいは左投手攻略の時のみ。相手が右投手の場合は、ほとんどスタメンのチャンスは巡ってこない。
だが、田口は焦る様子も、腐る様子も見せないどころか、実に楽しそうに野球をやっていた。しかも、スタメンのチャンスでは、しっかりと結果を残している。練習中は笑顔を絶やすことがなく、試合中もベンチから外野の守備位置まで、またその逆を走る姿も、とても溌剌として見えた。チームメイトと言葉を交わす時の笑顔も、本当に楽しそうだ。
そんな田口の姿を見て、「他のチームならレギュラーになれるのに」という日本人の意見も多い。あるいは、メジャーでイチローとのコンビを再び見てみたいという声もある。
カージナルスはワールド・シリーズまで駒を進め、最後は“呪いの解けた”レッドソックスの前に沈黙してしまったが、シーズン中の強さは飛び抜けていた。
シーズン・オフ、一時はカージナルスが田口と再契約をしないという噂も流れたが、それでも田口本人から出る言葉は、「来季もカージナルスでやりたい」だった。結局、年棒の大幅ダウンが再契約の条件だったが、それでも「自分は生涯カージナルス」と言い切る。
名将トニー・ラルーサを慕い、自らカージナルスというチームを選んだ。そこには、純粋に自分のやりたい野球があるという思いだけだと感じる。その野球に対する素直な思いが、田口壮という選手なのであろう。
今、改めて振り返ってみると、松井稼頭央の開幕戦先頭打者ホームランに始まり、サブウエイ・シリーズでの松井秀喜の満塁ホームラン、そしてイチローのシーズン最多安打記録更新と、数々の名場面に立ち会ってこれたが、やはり自分には、田口の野球少年のような、溌剌とした、爽やかな笑顔が何よりも強く印象に残っている。





タイトル一覧

[5] 田口選手、おめでとう ...   [4] 元阪神・藪のメジャー ...   [3] カズに温かかったシェ ...   [2] 誰よりも早くメジャー ...   [1] 2004年シーズンを振り ...   


 
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